原点を忘れずに

楳木代表先生の御言葉
今でも、『入門と奥座敷』の中に書いてある教祖という人をどのように捉えていくかというと、教祖になれる人となれない人は、大きく二つに別れるのだ、と。なれる人というのは、メシヤ様を見つめさせていただくと、メシヤ様は、御生れになってから教祖になるまでは、『婦人病以外全ての病気を患った。』と仰っている。その患った中で、当初はですね、医者にかかったけれど、なかなかよくならないので民間療法を取り入れて、菜食を取り入れたりしながら乗り越えていかれた。その時に、同時に人から色んな励ましの声をかけられたり、慰めの声をかけられたりしています。そのいろんな声をかけてもらったけれども、当時の現状にとって“この言葉が一番ピッタリくるなぁ”、“励みになるなぁ”、“慰めになるなぁ”という言葉をずっとその時に身につけていって、それを忘れないから教祖になれた。それを忘れた人は教祖にはなれない。
その一番の出発点は、「感謝」とか「人から受けた言葉の良かったこと」、「悪かったこと」というのをずっと忘れないということが「出発点」としてはあるわけです
 
我々信者としてもですね、その出発点がなくなってくると、「メシヤ様に近づこう。」といくら言葉を並べようともメシヤ様に近づけない。出発点がそうやって変わってくるので・・・。
これまでの自分自身を振り返りました。
常に、昨日の事のように原点を忘れない自分でありたいものです。
だって、其れがないと進んでも、意味がないのですから。
奇跡的に子宝を許される
感謝を継続することが全ての基礎
自分の原点を忘れる事なく御神業に臨む

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