本祝典に向けて

【主神様】と【メシヤ様】より

(世界救世教開教後の御教え)

メシヤ教研鑽資料であります、主神様とメシヤ様は、

御神体に対する認識を明確にするために、全御論文及び全御講和から「主神様」と「メシヤ様」に触れた箇所を検索された御神書です。

来月三月三日の本祝典に向けて、御神書より抜粋致しました。

神様への認識を更に学ばせて頂きたいとおもいます。

「世界メシヤ教教義より」

抑々、世界の創造主たる主之大御神(エホバ)は、此地上に天国を樹立すべく、太初より経綸を行はせ給いつつある事を吾等は信ずるのである。

之に対して人間を神の代行者とされ給ふ。

主神は吾等の岡田茂吉教祖に救世の大任を下し給う。

◆では最高神は何ぞやというと、主神に外ならないのである。

エホバ、ロゴス、ジュース、天帝、無極、再臨のキリスト、メシヤ等の御名によって、各民族各国家の人民が称え来った神である。

主神の御目的は真善美完き理想世界を造るにあるので、それには凡ての条件が具備しなければならないので、神は其時を待たれ給ふたのである。其の時とは即ち現在であってみれば、人類は此事を先ず認識しなければならないと共に、自己自身の精神革命こそ喫緊事である。

◆時機の到来と共に、主神(エホバ)の神意の発動は、之以上の遷延は許されないからであり、最後の審判は目睫に迫りつつあるからである。そこで神は先ず私に命ぜられた使命である。といふのは曩に述べた如く人間生命の解決こそ、文明の根本条件であるからである。

◆本来主神の御目的とは何であるかといふと、それは人間世界をして真善美完き理想世界を造り之を無限に向上発達せしめるにあるので、之こそ永遠不滅の真理である。

◆そういう訳で主神の御目的を遂行すべき役目として造られたのが人間である以上、人間は右の使命を真底から自覚すると共に、生命のあらん限り、其の線から離れる事なく働くべきである。

◆善と悪に就て、徹底的解釈をするとなると、之は仲々難しい問題であって、今日迄此問題を真に説き得た者は、殆どないといってもいい位である。

何となれば此事は大宇宙の主宰者である主の神の権限に属するからで、即ち哲学的に言えば宇宙意志である。

◆抑々、主神の御目的である地上天国を建設する基本条件としては、何よりも大自然の実相そのままを表す事である。というのはいつも言う如く、宇宙一切の構成は、日月地が根本となっており、此本質が火水土であるから此三位一体の力によって、万物は生成され、化育され、世界は無限の発展を遂げつつあるのである。

◆主神の御目的たる地上天国は巳に近寄りつつあるからである。

その根本は勿論小乗を棄て、大乗精神が基本的条件となる事である。

◆ところが本教の主宰神は主神である以上、揮われる力は絶対力である。

◆凡ゆる既成文化を超越した破天荒的な力が現われなくてはならないのは言う迄もあるまい、処が喜ぶべし、其の力こそ主の神としてのエホバから吾等に与えられ、今現に発揮しつつある事実で、之が本教の真髄である。

◆根本としては長い間眠っていた有神思想を呼び覚すことであって、これが安易ではない。何しろ文化民族の大半は科学に魂を奪われ、神を無視して来た今日、この魂を揺り動かすとしたら、実に驚異的超人力によらねばならないからで、これによって神の実在は確認されるのである。

勿論この力こそ主神から伝達される絶対力であるから、如何なる無神主義者と雖も、有神思想に転向するのは勿論であって、ここに精神文化興隆時代に入るのである。

その結果跛行的文化は是正され、真の文明世界実現と共に、人類の最大苦悩である病気、貧乏、争いの三大災厄は根本的に解決されるのであって、その為選ばれたのが私であって、このことは今改めて言うのではない、昔から幾多の聖者賢哲が予言された処であり、只その時期が到来したまでである。

◆然るに私はこの地上天国を現実に樹立するのてぜあるから、その実行者であり、各聖者の予言の裏附者でもある。

◆以前私は大先生と呼ばれた事があったが、其の時は観世音菩薩という菩薩行であったからそれでよかったが、如来となってから明主の名にしたのである。

又自観とは自分は観音の働きをしているという意味であり、その他和歌の名の明麿も斯ういう訳で付けたのである。

◆処が如何なる宗教でも、其の拝む的といえば、エホバ、ジュース、ロゴス、天帝、無極、天照大神、国常立尊、キリスト、釈迦、阿弥陀、観音等が主な神仏で、其の他何々尊、同如来、同大師等々色々の御名はあるが、勿論立派な神仏には違いはない。中には稲荷や天狗、龍神など、低俗な信仰は別として、其の根本に遡れば、独一真神即ち主神一柱で在す事は論のない処である。

◆要するに、一切は主神の経綸であって、文化発展上、正邪相争ひ、明暗、美醜相混り、斯くして一歩一歩理想に近づくので、之も深奥なる御神意であって、到底人智の窺ひ知るを得ざる事を知るべきである。

◆抑々、主神の御経綸の目的は、将来地上天国の為、物質文化を或程度迄、進歩発達させなければならない。此意味に於て善と悪とを作られたのである。

◆そうして霊界も現界と等しく、上中下多数の段階になってをり、之を分ければ大別して三段階になっている。其の内の一段が六十階、それが三分され二十段づつになって、合計百八十一階級である。

そうして一は主神であるから、主神以外は如何なる神様でも、百八十の中のどれかの段階に居られるのである。

◆其の最も大いなる奇蹟は此大偉業が主の神によって、何万、何十万、否何百年前以前から、周到なる準備をされていた事である。

◆そうしてメシヤ降臨は何を意味するかというと、勿論人類を救わせ給ふ古来からの約束である。としたら茲に一大奇蹟が表われるに違いない事は、絶対確信している吾等である。所謂、それが最後の時であるとしたら其の千載一遇の秋に当って、神の僕として奉仕の光栄を有する吾等の多幸は、感激の言葉はないのである。

◆処が愈々時節到来、主神は今や絶対力を発揮され給い、本教を機関として驚くべき奇蹟を現わし、人類の迷妄を覚ますのであるから、如何なる人と雖も信ぜざるを得ないであろう。

◆私が現わす奇蹟そのものは、如何に冷静に見てもメシヤ的価値は充分認め得る筈である。この意味に於て私を以て救世主又は再臨のキリスト、下生の彌勒としても敢えて不思議はないと思うが、それはその人の自由に委かせるとしても、最後に至れば万人に分かる筈である。それは世界人類は私の救いによって真の幸福を得られ欣喜雀躍は勿論、既成文明は百八十度の転換となり、病貧争絶無の地上天国は愈々出現の順序となるからである。

◆従って我救世教こそ、最高最貴の主神が経綸し給ふ処の神科学の具体化であり、それから生れた浄霊医術である以上、超偉力を発揮するのも不思議はないのである。

◆メシヤ教と言うのは、主神の力と言う事があるんです。ポチですね。

◆天国を造るその本尊様がつまり私なんです。ですから、私というものは、世界の極く中心なんです。その中心というものはポチ( 、)なんです。

で丸(○)にチョン( 、)ですね。之が宇宙の形なんです。丸(○)が宇宙でして、チョン( 、)が肝腎なのであります。それが私の救いの仕事になる訳なんです。

◆最近は色んな神様が御祝い御慶びに随分出て来ます。天照大御神様も御祝に来られたのです。それから月読尊、伊邪諾尊などです。天照大御神は日本では最高の神様としてますが、主神ではないのです。つまり太陽神です。宇宙というものは太陽ばかりではない。月もあるし星もあるし地球もありますから、その全体を握っているのが主神なのです。それで、私は主神の仕事をさせられているわけですから、そこでそういった今迄の偉い神様も、之からこのメシヤ教の為に大いに働くわけです。そんな様な意味のことを頻りに言ってますが、そんな様なわけで、之から本当に現界的に始まっていくのです。

現界的と言っても、現界の奥の方に始まっていくのです。

本当に現界に始まるのは五、六、七と、それが揃ってからが本当の現界です。

◆天照大御神というと世の中ではたいへんな最高の神様のように思ってますが、しかし天照大御神は伊邪諾、伊邪冊尊の子供になるのです。これは神代史にもあります。天照大御神は伊邪諾尊の娘さんになる。ですから分かりやすく言えば私の子になるわけです。そこで天照大御神様は本当に人を救うという力はないのです。

◆それで伊邪諾尊が主神の代表神です。

◆火力というものは太陽よりか黒点の方がもっと強いので、それは神秘なものです。その黒点の代表者が主神です。

◆それで、このメシヤというのは、世界中で最高の位なんです。西洋では王の王ということになっていますが、キングオブキングスと言ってその位をもってるんです。だから、私が出てはじめて人類は救われるのです。

◆メシヤというのは人間の名前です。神様は、主の神・・エホバですね。

◆祝詞にも、応身彌勒と化し、メシヤとならせと入れた。観音様はメシヤとならせられ、観音様の御働きはメシヤになる。観音様は東洋的であり、世界的のものではない。世界人類の救済からゆくと、メシヤ教は余程キリスト教に近くなる。何れはそうなるべきだが、漸く時期が来たのである。

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