平成30年2月18日 感謝奉告①

人生を振り返って

月次祭おめでとうございます。

本日は、人生を振り返ってご報告させていただきます。

私は神戸で生まれ育ちましたが、両親が救世教を信仰していましたので、小さい頃から藥を飲む事もなく、母の浄化や弟の喘息の浄化など全て神様の力で良くして頂き、解決してきました。

母が学生の頃は体が弱く、友人から神様を信じると言われて入信したのが縁を頂いた始まりで、母が箱根の聖地で奉仕している時に私がお腹に居るのが分かったそうで、私はお腹に居る時から浄霊を頂いていたと聞かされました。

メシヤ教との出会いは、はっきりした年数は覚えていませんが、今から13年程前だと思いますが、楳木先生と出会いました。

私は以前I教団に所属していましたが、教団内で内部告発があり、真実を知りたいと思いインターネットを調べると、ブログに教団内部の驚く様な事が書いてありました。

当時のセンターの先生や職員の方に話を聞いても「ブログは嘘だ、なんとでも書ける」と言われまして、嘘であればなぜ追求して検証しないのかと思い、信仰が揺らぎました。

そんな時にネット検索しているとメシヤ教がヒットし、メシヤ講座を読んでみると、すごい内容で教団を離脱された方にもこんな方がおられるのかと思いました。

メシヤ講座をすべて読み終えて、楳木先生に話を聞いてみたいと思うようになりメールしました。楳木先生から松原で月次祭があるから、前の晩に家まで行ってあげると返事を頂きました。

当時は神戸の三ノ宮で親が住み込みでビルの管理人をしていましたので、ビルの管理人室に楳木先生が来てくださり、それから神戸で月一回勉強会をすることになりました。

勉強会ではI教団の知り合いの方や、他教団の方なども参加されていましたが、救世教の内部の事を楳木先生から教えてもらい、19時頃から、遅いときは24時近くまで色々なお話をして頂いて、次の日に月次祭なのに一生懸命にお話しをしてくださいました。

メシヤ講座の中で定山渓温泉の観音堂のお話をお聞きしましたが、私も観音堂に過去行った事があることを思い出しました。

以前私は北海道の陸上自衛隊に高校卒業してから8年間居た事がありましたが、腰がヘルニアになり自衛隊を続けられないようになりまして、26歳で神戸の親元に帰って来ました。自衛隊を辞めてから友達の結婚式か何かで北海道に行った時に、友人が定山渓温泉に連れて行ってくれて、お堂に入るとメシヤ様が書かれた観音様によく似た御軸があり、すごい観音様だと思っていましたが、メシヤ様が書かれた本物のいずのめ観音様だと楳木先生に教えて頂き、観音堂のいずのめの神様が、私を北海道に導いてくださった方なのだと思わされました。メシヤ教では10月に参拝をしている事を教えて頂いて定山渓に参拝させて頂きたい気持ちになっていました。

お光なしの浄霊を教えて頂きまして、家族ではお光はせずメシヤ様を御念じして浄霊をしていました。以前浄霊した事がある会社の後輩にお光無しの浄霊をしてみましたが、やはり同じで体が熱くなるとの答えで、自分も楽になるので間違いないと思いました。

ある時、神戸での勉強会の事ですが、代表先生が大変浄化されていて顔色が悪くしゃべるのもやっとの状態でした。その当時は浄霊力伝授もいただいていませんでしたが、あまりにも体調が悪かったのか、メシヤ講座の最中に私に浄霊をしてほしいとお願いされ、後ろから浄霊をさせていただきました。

一年程神戸で勉強会をしましたが、段々人が少なくなり私達家族だけになりましたので、もうそろそろ勉強会は終わりにしましょうということになり、なくなりました。

メシヤ教との接点はなくなりましたが、I教団には参拝する気持ちにはなれずにいました。楳木先生から当時の松原支部にも参拝をお誘い頂き、何度か参拝させていただきましたが、決して、メシヤ教に入会しなさいとかその様な事は一切言われませんでした。

それからしばらくメシヤ教には参拝していませんでしたが、何年かしてから松原支部にまた参拝させて頂く様になり、メシヤ教を支えたい気持ちになりました。楳木先生はどんなに浄化されていても勉強会には来られた姿を思い出し、先生の誠に惹かれて入会させて頂きました。

先程のお話で、I教団所属していた時にヘルニアの浄化でご守護頂いた事と体験も少しお話しさせて頂きます。

24歳位でヘルニアになり、26歳で北海道から神戸に帰って来ましたが、その当時電車で10分程立っているのがつらくて、仕事も出来る状態ではありませんでした。

神様から与えられた時間だと思い、センターで岡田茂吉全集を読んで毎日メシヤ様のご尊影に真向かい、御魂磨きと(神床清掃)、奉仕をさせて頂いていました。

センターの先生から浄霊訪問依頼を頂いて、訪問させて頂いた時の事ですが、訪問先の信者さんが、前の晩に夢を見られて天から光の玉が落ちてきて、明主様が出られたので明主様に誰か浄霊する人をよこして下さいと夢でお願いしたけども、よこしてくれたのがあんたやったんやと言われました。

また、癌の信者さんが入院している病院に浄霊訪問行った時の事ですが、信者さんの友達も癌が良くなり退院してよく遊びに来られていた方で、友達の方にも浄霊を勧めたところ受けて下さるようになりました。

私が病院に浄霊訪問に行くと、友達の方には行く事を伝えていないにも拘わらず、不思議と私が行くときにタイミングよく友達の方が来られるので、浄霊を取り次ぎしました。

その友達の未信者さんに浄霊を取り次ぐと、体が熱くなると言われました。

友達の方は震災で2人子供さんを亡くしたそうで、浄霊を受けると夢で子供がニコニコして出てくるという話しを聞きました。

しばらくして、友達の方も癌が再発して癌で亡くなられましたが、集中治療室に入れられて意識がない状態の時に浄霊をさせて頂き、終わって帰ろうとする際に少し意識を取り戻し、目を開けられて何かを言われている様な感じでした。

それが最後でしたが、貴重な経験をさせて頂きました。

その頃は毎日メシヤ様にどんな御用でも良いので、使って頂きたいとご神前でお祈りしていましたが、今までお願いしたことは不思議と叶えられてきました。

一緒に御用する方を与えて下さいとお祈りした時はブラジル人研修生の方がセンターに来られて一緒にいずのめ教団の新聞を配布する御用を与えて頂きました。

ブラジル人研修生はとても明るさがあり、どこでも誰にでも手渡しで新聞を渡して浄霊していましたが、私は勇気がありませんでした。

ブラジル人研修生の励ましもあり、ひたすらメシヤ様を御念じすると勇気が出て新聞の手渡し配布と人前でも浄霊が出来る様になりました。

私は以前、立体駐車場の管理人アルバイトをしていた事がありましたが、神戸の三ノ宮でたまたま前のアルバイト先の方に出会い、新聞を渡して現在仕事をしていない事を伝えると会社に来てくださいと伝えられました。

改めて会社に行くと会社の部長さんから三か月バイトからでも良いし、即社員になってくれても良いと言ってくださいました。

今までヘルニアで仕事が出来ない状態でしたが、ブラジル人研修生と奉仕するようになり、何年も苦しんでいたヘルニアが、たった2週間でいつの間にか腰の痛みが無くなり、仕事も出来る体にして頂いて、就職も決まるご守護を頂きました。

また、職場では理不尽な事を言って来る方や自分を助けて下さる方がいますが、神様が自分を磨くために与えられた方だと思い神様に身のまわりの方をメシヤ様にお祈りして自分が変わると、突然その方が考えられない様なミスを続けて仕事を辞めたりして私の周りから去っていく事が結構ありました。自分の魂の霊層界を上げて行くと周りが変わっていくのは真理だなと思いました。今現在は以前に御縁頂いた会社を辞めましたが、以前と同じ職種で条件の良い会社に誘われて、大阪で働きだして7年がたちます。

私の部署は振替で休みが取れるので、平日の参拝も融通が付く仕事が許されました。

自分の人生を振り返ると、すべてを良くして頂きました。

箱根の聖地でメシヤ様の光を頂いて、母の体の状態を考えると神様の光を頂けなければ生まれて来ることすら無かったでしょうし、北海道での経験や浄化が無ければ信仰に目覚める事もなかったと思います。

私の身の回りにも浄化されている方がいますが、メシヤ様の意思をお伝え出来る自分になりたいと願っています。

これからはメシヤ様に今までの罪のお詫びと、メシヤ様の道具として使って貰えるように日々努力していく事をお誓いさせて頂きます。

今までの感謝を捧げさせて頂いて、3月3日メシヤ様をお迎えさせて頂きたいと思っています。

主神様、メシヤ様、今までのご守護ありがとうございました。

楳木先生、ありがとうございました。

光町集会所  平野輝光

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