平成30年2月18日 感謝奉告③

二月度月次祭おめでとうございます。

光町集会所の後藤栄美子です。宜しくお願い致します。今までの長い信仰生活を振り返らせて頂きます。数々のご守護を頂きながら何一つメシヤ様に御返しできていません。本当に申し訳ありません。お詫び申し上げます。

昭和47年12月10日。私がお光を頂き、世界救世教に入信させていただいた日です。当時勤めていた会社の診療所の医療事務をしており、A型肝炎で入院した事もあり『病気なんて怖くないんだ。浄霊で多くの人を救う事ができるんだ。』と心から嬉しかったものでした。

しかし、結婚の決まっていた主人に信仰の話をすると、『自分は創価学会であるので入信は止めて欲しい』と言われました。

創価学会の信仰をしていたのも驚きましたが、入信料を返して貰って入信を止めたのでした。しかし先に入信した母の元気になっていく様子や、不思議な力はあると思っていた私は『何もしないで止めるのは納得いかないのでやらせて欲しい』とお願いし、『駄目だと思ったらすぐ止めるんだよ』と主人の了解を得て再度入信をお願いしたという経緯があり、あの時止めていたら今の私は無かったでしょう。そして信仰させて頂き一番有難いと思う事は、薬害を教えて頂き霊の曇りを取り霊籍を上げるより幸福の道はないと浄霊を教えて頂いたことです。以前医療機関で働いていた私は自分も薬を沢山飲んできましたが、人様にもすすめたり、注射、手術の立ち会いと罪を犯して参りました。本当に申し訳ありませんでした。お詫び申し上げます。

そして『子供に残してあげられる財産は無いけれど、綺麗な体を残してあげられる』又、『6歳までしっかりご浄霊すれば何の心配もなく育つ』と先輩の方に言われた言葉を胸に、子供の小さい頃は『子供達が社会に役立つ人材となりますように。霊の曇りをとって頂き地上天国建設の御用にお使い頂けますように』と毎日ご浄霊し、ほとんどのご浄化を医療にかかる事も無く浄霊で解決させて頂いてきました。

この薬害やご浄霊を知らなかったら、私の人生も子供達の人生も360度違った人生になっていた事でしょう。御蔭様で現在4人の子供は結婚して独立し、それぞれ一戸建ての家に住み、それぞれの職場で良き評価を得、平均以上の収入も得させて頂き元気に働かせて頂いております。孫は7人おります。本当に有難く感謝申し上げます。

印象に残っている事を振り返ってみました。

転勤で富山にいた時のことです。私の父が腹水が溜りしんどそうであるという事で、3連休を利用しお見舞いに行きました。その日、私を待っていたかの様に容態が急変し、父は亡くなってしまいました。私は、ショックとその夜から亡き父の声が聞こえました頃から不眠症となりました。一歳八か月の次男鼾、トイレの水の流れる音、洗濯機の水の回る音、電燈の周りを飛ぶ虫の羽音等々を通して幻聴が聞こえました。御経を唱える音、飛行機の爆音の様な音、霊界は暗くて寒いし寂しいので幽世大神様に頼んで欲しい。亡くなっている親戚のお婆さん達に栄美の浄霊はいいと話している声。臨終の時の様子の再現。私は主人に『父は生前あなたがこの信仰をする様頼んでいたので一緒にやって欲しい』と泣いて頼みましたが、主人は反対に『お父さんがやっているのではない。魔がやっているのだ。それは私が間違った信仰をしているのだ。私を救うために自分が正しい信仰をする』と言って、創価学会に再入会しました。私が霊界のご先祖様を救うのは御用しかないと、神様に求めれば求めるほど、今まで何もしていなかった主人でしたが学会活動に一生懸命になっていきました。部屋のお花がすぐ枯れてしまったり、窓ガラスのラップ現象も起こったりと、目に見えない世界の働きを感じた出来事でした。その時から次男はアトピーが出始め、手足顔とグシャグシャになりました。献金のご守護もありました。

慣れない地で慣れない営業の仕事に行き詰まり転職を考えていた主人ですが、勤続10年目で金一封を頂き、私にくれました。私は今まで無事勤めさせて頂けた事に感謝し、そのまま全額献金させて頂きました。御蔭様で本社への転勤が決まり、辞めなくて済んだのでした。それからは地上天国建設の為の建設献金、感謝献金を心がけて来ました。

転勤してきた大阪豊中での事です。長女が幼稚園に入園する時期になりましたが、今まで大阪は一年保育だったのが、二年保育に移行する為に一クラス25名の募集がありました。

十倍の確率でした。子供が幼稚園に行っている間、布教所のご奉仕をさせて頂きたいとご祈願し、抽選に臨みました。残り僅かという時、何とか幼稚園に行かせて頂きたいと思っていた私は、今思えば不遜な事ではありますが、『もし、明主様が神様ならば番号を引き当てて下さい』と思った途端、番号が呼ばれたのでした。

(あぁ神様なんだ!!)と怖かったです。そして翌日のご賛歌が『奇びなり嗚呼奇びなり願ぎ事の正しかりせば叶ますかも』で、神様のお力を目のあたりにした出来事でした。

高槻での事です。

父も亡くなり、主人のお父さんも亡くなりましたので仏壇に屏風観音様をいただき後藤家と実家のお位牌を作って祀っていたのですが、屏風観音様は主人に無断で頂いた事もあり、何か悪いものを感じるやら、頭が痛くなるやら言って嫌がっておりました。

私が留守の間にセンター長に会い、屏風観音様を御返ししブランチの看板をかける約束をしてしまいました。このまま祀らせて欲しいとお願いしても聞いてもらえませんでした。

屏風観音様を御返しすね為の善言讃詞をあげられている時の、あの何とも言いようのない心からの悲しさは忘れることはできません。涙と鳴咽でグシャグシャになりました。

そしてブランチの看板を掛けるフックを玄関に取り付けたその日、その玄関の扉で長女が指を挟み、骨折し皮一枚でつながったのでした。センター長に奉告すると、『御返しするのを承諾しないご先祖があるのでもう一度主人に先祖を祀るよう頼んでみなさい』と言われましたが、主人し『変わったことをすると何かが起こるが、一時的な事なのだから』と許してはくれませんでした。先祖様の悲しみがひしひしと伝わってきた出来事でした。

ご先祖様には本当に申し訳ない事をしてしまいました。お許し下さい。その後、次男はアトピーもあり集中力もなく、勉強も苦手でしたので高校を中退し、夜と昼反対の生活を送っていました。自分で仕事を見つけては少し働き、すぐ辞めるの繰り返しでした。

主人も心配し、主人の信仰を一緒にするよう言いますので私は主人に合せて会合に出たり、お題目唱題したりしておりました。『私が救世教を止めて創価学会に入り、主人と共に信仰すれば良くなるのだろうか?』悩んだ私は弟が行っている占いの方に聞いてもらう事にしました。その方は『私には最高の神様である伊都能売大神様がご守護下さっている。私が救世教を信仰しているから後藤家は救われているのだ。止めてはいけない。』と言って下さいました。当時伊都能売大神様は観音様のご本体位の知識しかなかった私でしたが、その言葉により後藤家の救いの為にも救世教を続けて行こうと固く決心させて頂きました。

そして次男はお光を頂き入信させていただきました。御蔭様ですぐ地域のお酒屋さんで働く事が決まったのでした。店の御主人のすすめもあり夜間高校へ通う様にもなりました。

しかし4代教主様のご巡業があり学生の方に誘われて参拝に行くことになっていた前日、学校の帰りにバイク事故を起こし腰骨を折り入院しました。結局夜間学校も中退してしまいました。次男は酒店で働きながら、大型免許を取り今は運送会社でバラセメントを運ぶタンク車の運転手としてまじめに働いております。そして信仰に反対している主人ですが会社合併の為東京本社に転勤となり単身赴任しましたが、御蔭で私の箱根聖地参拝に合わせて聖地に来て、美術館に入ったり、神様を散策する機会を与えて頂きました。主人にとっても私にとっても考えられない180度の転換で嬉しい出来事でした。

それから長男と三男は学校の都合で大阪に残り、後は千葉の社宅で一緒に暮らすことになりました。次男は関東になじめず大阪に帰ってしまい、長女も不登校となりました。主人は会社に事情を話し、転勤願いを出しました。

御蔭様で関連会社出向という事で又高槻で家族揃って暮らす事になりました。

それから長男の事ですが、長男は大学卒業後外食産業に就職し店長をしていましたが、福岡へ転勤し、店舗を立ち上げる事となりました。採用から営業から経営全て自分でやらなくてはならず、無理をしたのでしょう。腰椎ヘルニアで動けなくなりました。そして『手術をすることにした』と電話を掛けて来ました。『手術はしないように』と言い私はすぐに福岡に行き、動けない子供の世話をしながら時間の許す限りご浄霊をしました。痛みは残っているものの動ける様になり、手術はしなくて済みました。長男はその仕事を辞め家に帰って来ました。そして療養後、製造業に就職し今は課長代理として頑張っています。

多々色々ご浄化もありましたが、これらの出来事を振り返りますと全てメシヤ様の御守護とご先祖様の御導きあっての事と有難く感謝申し上げます。本当にありがとうございました。平成24年2月メシヤ教に入会させて頂きました。

ご神体ご奉斎もお許し頂き朝晩メシヤ様にご挨拶させて頂き御光を頂き浄めて頂く日々、ご浄霊の証も見せて頂き本当に有難く感謝の日々を送らせて頂いております。

霊界のご先祖様と共に御用にお使い頂きたいと願っておりますが、中々我が家にご先祖様をお祀りすることが許されません。紙に後藤家先祖代々の霊位と書き、そこへお供えしたりしておりますが、主人のいない間にする事なので温かいご飯も自由にお供えできず、こんなことでは申し訳なく、一日も早く仏壇にてきっちりとお祀りさせて頂けますようご協力をお願いし、メシヤ様に霊界でのご先祖様の向上と、地上天国建設にお使い頂けます祈らせて頂いておりますが何か間違っていること、お気にいらないことがあるのでお祀り出来ないと思いますが、メシヤ様にお尋ねするのですがお答えいただけません。

有難いことに本部のご神前を磨くぬか袋を作る御用をお許し頂き毎月送らせて頂いております。届いたら毎回代表の奥様からお電話頂き拙い私の手紙の絵に嬉しかったと喜んで下さいました。その嬉しいと言っていただいた事が嬉しく、次は何を描こうかと励みになっております。そして、祭典の朗詠の御用も頂き有難く感謝申し上げます。

代表から、『御歌は祭典の日の意義霊的様子が凝縮されたもの。それを美しく、気持ちよく芸術的に表現するという大切な役目』という事で『これからは今まで以上に周囲に響くように(響かせられるように)更に向上をめざしてもらいたい。朗詠は祭典の華とも言えるし、とても重要な御用だから。とても難しい事だけど更に自分の中で深めてより味のあるものを立派に披露できますように(それをめざして進んでもらいたい)』とご垂示頂きました。そのお言葉を励みに、毎日朝拝後ご賛歌の朗詠をさせて頂き、楽しく向上できるよう精進させて頂いています。夜の時代の癖と言いますか、この間長女に『お母さんは自分の言いたい事ばかり押し付けて、人をけなしてばかりいる。』と言われ、主人にも『話し方に気をつけろ。反省がない。』と言われガックリしました。

自分の考えを押し付け人の気持ちを考えない。きつい口調、上から目線、知ったかぶり、丁寧さがない、雑。等々直さなければならない事がまだあります。何事にも極端にならず、人に好感を与えられるよう努力し、これからは力を抜き何事も引きの心でいかせて頂こうと決心させて頂いています。信仰の違う主人ですが、お互いがお互いの身魂磨きの砥石と心得、お互いを尊重し合い、感謝で接するということが出来るよう努力しようと思います。

『メシヤ降誕本祝典』の三月三日、皆様と共にメシヤ様をお迎えさせて頂き、世界メシヤ教を復興させて頂き地上天国建設の為にメシヤ様の御手足としてお使い頂けますよう祈念させて頂き終わらせて頂きます。

長くて分からない点もあったかとは思いますが、お許し下さい。

ありがとうございました。

光町集会所

後藤 栄美子

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