他宗教について

今、宗教というものは学問的には宗教哲学、宗教社会学等10を超える角度から研究されています。また関係省庁で掌握されている宗教法人は10万を遥かに超えています。しかも各法人が届け出ている信徒の総数は、日本の人口の2倍を超えています。

これは何を意味しているかと言いますと‘宗教はサッパリわからないもの’だということです。しかし、やればすぐにできます。何だかサッパリわからないけれども、やればすぐにできる―それが宗教だということです。それだけに日本の場合‘困った時の神頼み’式の信仰が生まれやすい土壌があるわけです。

ところが、この‘困った時の神頼み’式で信仰をいくらやっていても人間として完成されないのです。教えにあります『神格を得る』というところなどには、とうてい到達できません。

また、これから国際舞台に立って活躍したい、と考えている人は特に宗教というものを理解しておかねばうまく行きません。世界の多くの国家や民族は独自の宗教をもち、それを価値観の根っ子にしています。また、資本主義や民主主義といった考え方、あるいは科学思想にさえ根っ子のところに宗教が影響を与えています。

11世紀、イスラム世界の学問の膨大さは驚異的

アラビア数字や代数学に関する逸話を知っていると思います。これについては、科学史が専門の村上陽一郎さんの所見を拝借して説明します。スペインやポルトガルを擁するイベリア半島は8世紀にイスラム教徒の手に落ちました。以来キリスト教勢力は、‘レコンキスタ’(国土回復戦争)をイスラム世界に挑み、長年月をかけてピレネ-山脈から南の地域をキリスト教側の支配下に収めて行きます。

11~12世紀の頃、イベリア半島のトレドという町がキリスト教側に戻って、教会組織が再建されました。赴任した一人の大司教がイスラム教徒の残していった文献の調査を始めます。そこで、ヨ-ロッパの人々は初めて自分達の知らない膨大な学問の世界があることに気づいたのです。

たとえば、きちんと‘位取り’をして、桁をそろえ、空位の桁を示す‘ゼロ’の表記などはイスラム世界の発明したことでした。代数学は、未知数を使ったり方程式を立てたりしますが、これらもイスラム世界の発明です。キリスト教側には‘ゼロ’の概念がなかったのです。ですから‘21世紀は2000年からではなく2001年から’ということを主張することになるのです。

そして、トレドの町で、ヨ-ロッパ人が初めて本格的に接したイスラムの学問は、ギリシャ・ロ-マ本来の学問とアラビア独自の学問の双方を含んでいました。それらの質の高さ、量の多さに圧倒された大司教達は、何とか自分達の世界にこれらを伝えなければならないと考えたのです。

しかし、夢中になってアラビア語やギリシャ語の書物に書かれていることを翻訳してマスタ-したものの、それらはキリスト教と何の関係もないものです。そこで、イスラム世界から多量の学問を学ぶと同時に、それらをキリスト教的に変質させ、あるいはそれらの学問とキリスト教信仰とを一体化させる仕事をさせなければならなかったのです。その作業から生まれた学問体系が‘スコラ学’と呼ばれるものです。

そしてそれに関連して、学問をするための場所として初めて大学も生まれました。‘自由七科’が学ばれ、現在日本の大学で‘一般教養’などの名称で知られている概念の出発点をなしたものでもあります。‘自由七科’についての話は別の機会に譲るとして、スコラ学では‘神は二つの書物を書いた’という考え方が支配的でありました。書物の1つは、言うまでもなく聖書ですが、もう1つは自然です。

聖書を読むのと同じくらい熱心に自然を探求したのですね。‘神は聖書を人間の言葉で書いたけれども、自然は数学の言葉で書いた’ということになるのですね。そして、話は前後しますがコペルニクスがカトリックの司祭であったことはあまり知られていませんし、ケプラ-やガリレオ、ニュ-トンも熱心に神学の分野で発言し、キリスト教信仰の正当性の擁護のために全力を傾注したことは見落とされています。

それが‘科学革命’へとつながり、17世紀末ヨ-ロッパは初めて、自分達独自の自然解釈を打ち出し、ギリシャ・ロ-マ・イスラムの理論を1つずつ置き換えていったのです。置き換えの積み重ねによって、ヨ-ロッパは借り物でない自身の生み出した‘近代科学’によって武装し、世界の歴史の中で主導権を握る立場を獲得したのです。

その主導権は、現在アメリカに移ったかに見えます。移ることによって、その考え方はどのように進化したのか、ということが最大の関心事です。しかしブッシュ政権を支えていると言われるネオコンの考え方などを見ていると、大きく進化したようには受け取れません。それは、真の意味での‘神の書かれた書物’を読み解いてはいないからでしょう。

皆さんにはそうした課題の延長線上にいることを自覚して、日々勉学にお励みいただきたいと思います。