御教え『宿命と運命』にも繋がる意味合い

近年科学の目覚しい進歩により、私達は遺伝子の構造を知ることができております。ご周知のように二重螺旋(らせん)の構造です。科学の進歩による恩恵で、私達は構造を認識できました。しかし、‘何故二重螺旋になっているのか?’という問いには科学は答えることはできません。この問いに答えるのは宗教の役割です。日本には、有り難いことに「古事記」というものがあります。

「古事記」の中で、結婚式の故実にもなっている国生みの場面を見てみますと、伊弉諾尊、伊弉册尊の両神様が『なりなりてなりあまれるところ・・・』、『なりなりてなりたらざるところ・・・』というように述べられ、天の御柱を左廻り・右廻りと夫々廻られます。この時、初めに女神様が廻ったために巧くいきませんでした。それで、男神様が先に廻り次いで女神様が廻ったので巧くいった、ということになっております。つまり二重に廻っておられるのです。これが二重螺旋の示唆だと受け止めております。

もっとも、以前にも採り上げましたが、銀河系の中で地球の動きが螺旋形の動きをしておりますので、その中に宿る生命の遺伝子が螺旋形になっているのは当然とも言えます。この二重螺旋も、二面性に関連しているということを私達に教えているように感じます。

また、先月掲載の御教えの中で『人は生まれながら其(その)各々天職使命があり、階級も儼(げん)として定まってゐるのであって』というところに質問が集中しておりましたが、そのことと深く関わっておりますので、その点にも触れておきます。

『宿命と運命』という御教えがあります。定まっているのは宿命であり、上限と下限があり、それは動かすことのできない定められたものです。各自に定められたものが宿命です。これに対して、その範囲内で本人の努力の度合いにより上昇したり下降したりするのが運命です。これも二面性です。できるだけ上に行くために、躾を受けたり、教育を受けたりするのですね。そして、親は子供の運命を切り拓くために徳を積むのですね。

特性を見出す努力をするのは、天職使命を自覚できるようにするためです。NHKの「ファイト」で「とりあえず、では嫌なの・・・」という台詞は、これに通ずるところですね。

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