朝拝と夕拝

朝拝で「天津祝詞」を奏上する意義

さて、本日から御神体をいただいて、より神様を身近に感じながらの信仰生活が新たに始まる訳です。そこで、朝拝で奏上させていただく天津祝詞についてまずお話いたします。

天津祝詞は一言で申し上げるならば、祓い詞(はらいことば)ということになっております。起源については大和民族の宗家に当たる神様がお創りになられたとされております。ですから、神武天皇より前の時代、少なくとも2665年前よりかなり以前に創られたものです。

天津祝詞を神様の御前で奏上すると、どのような偉力を発揮するかと言いますと、『諸々の枉事罪穢を祓ひ給へ浄め賜へと申す事の由を』とありますように、祓い浄めるというお働きを許されます。そういう尊く有り難い言霊です。その意味を心得て奏上すると、さらに強いお働きが許されてまいります。

私達は、日常生活の中で様々な心言行をなしておりますが、同時に色々な方から種々心言行を受けております。それらの中には善美なるものもあれば、そうではないものもあります。善美なるものはこの上なく素晴らしく、徳へと繋がってまいります。逆にそうでないものは霊界を曇らすことになります。

そうして発生した曇りは、神様の御光をいただく御前で天津祝詞を奏上させていただくと浄めていただけます。毎朝時間を決めさせていただき、天津祝詞を奏上させていただくということは、この上なく有り難いことであります。

そして、神様へは「本日はこのように日を送らせていただきますので、御力を賜わりますようにお願い申し上げます」とお祈りすればよいのです。とても力強いことになります。この祈りについては『祈りの栞に寄せて』をもう一度読んでいただき、大きな祈りから自分の祈りに至るあり方を確認してください。

また、朝拝時には『神格をいただく道』という御教えを拝読させていただきます。

≪参考資料・御教え≫
『人間が発する言霊であるが、これもすこぶる重大な影響を与えるもので、悪に属するもの、すなわち、他人の悪口、愚痴、偽りなどの言葉は、霊界を曇らせることおびただしいのである。(中略)それから、種々の曇りの堆積の量がある程度を越えるとき、一種の毒素が発生し、人間生活に支障をきたすことになるので、その自然浄化が発生する。それが天地の法則である。』

≪参考資料・御教え≫
『天津祝詞は、非常に言霊が優れており、天地浄化の言霊の働きが強い』『悪によって曇らされたる霊界を、善言によって晴らすのである。この場合善言は光となって曇りを解消する。(中略)霊界清掃に役立つのである。』『すべてよい言霊を唱えると、特に心が浄まる。神様のお名前を言うと余計に浄まるのである。』

三拍手の意味

それから、ご参拝の折に三拍手を致します。普通神社などですと、二拍手です。その違いはどこにあるかと言いますと、今月の御教え『五、光明の示顕』(メシヤ講座・特選集no.55)で説かれている通りです。

『火と水の外に土の精が加はるのであって、それを称して三位一体といふのである。此(この)三位一体の力によれば如何なる事も成し遂げ得らるるといふ絶対力なのである』とありました。「火・水・土」、「日・月・地」また「神・幽・現」という意味ですね。「三位一体の絶対力」と覚えるのが良いでしょう。

日月地と言えば、「愛・地球博」企業パビリオンの三菱未来館では‘もしも月がなかったら’というメ-ンショ-を公開していました。地球に生命が誕生する上で月の果たした役割は大きいのですが、大胆な捉え方で好感が持てました。

この地球に生命が宿るためには、まず太陽があって、やがてこの地球ができて、地球に小惑星が衝突することにより月ができて、潮の満ち干が起きて、それでできた小さな泡へ雷による放電が作用して生命の源が誕生したとされております。地球誕生から生命誕生まで約7億年です。「七(なな)」で「成(な)」ったのでね。

先程も移動中に話していたのですが、この秋筑波大学の方からス-ツロボットが売り出されるそうです。身体に障害をもたれている人や災害時の救助に当たる人に役立てていただくということで、大変素晴らしいものです。半身不随の方でも歩行が可能になるそうですし、いざという時に100kgの荷物を長時間持ち続けることが可能だそうです。

これは、人間が手足を動かそうとする場合に電気信号が筋肉へ送られますが、それを検知して筋肉より少し早くロボットが動くというシステムだそうです。しかも、その電気信号を皮膚の上から検知することができるというのですから驚きです。素晴らしい技術です。

この電気信号というものを考えると、先程の海の満ち干でできた小さな泡に雷の放電で生命の源ができたという話が「なるほど」と思わせるところがありますね。その源があって、進化の約38億年があって人類が誕生した訳ですね。しかも、電気信号というものがこれから先、色々な面で意味を成してゆくことになります。

このようなことを考えてまいりますと、三位一体ということがより身近になりますし、感謝の念が湧いてきます。また、創造主の偉大さということも身に迫ってまいります。私達の日常には、日月地が不可欠なのです。拍手をするたびに、そうしたことを確認していただき、感謝の気持ちもより育てていただきたいですね。

夕拝で「善言讃詞」を奏上する意義

次に夕拝ですね。夕拝では善言讃詞を奏上させていただきます。『善言讃詞は観音経を縮めたものです』と、御教えをいただいております。観音経は大宇宙をも動かすと言われておりますので、大変なお経です。その有り難い観音経なのですが、二千数百年前のものですので、現代に適応するようにしてくださった、と受け止めればよろしいかと思います。

曼荼羅が壮大な宇宙観だと捉えられる点もそうしたことと関わっております。そして、その背景には神代文字があり、太占図もありますが、それはまたの機会にお話いたしましょう。

善言讃詞を奏上してゆくと、地上天国が建設されてゆく姿が髣髴(ほうふつ)としてまいりますね。善言讃詞を唱えることによって、この御神前を中心にして天国の霊界ができてまいります。しかも、この地は太古の都があった土地である、とされていますので大変意義があります。

そうした気持ち「天国ができてゆくのだ」という気持ちで、朗々とお唱えしてゆくと素晴らしいですね。自分自身は勿論、自分の霊線に繋がる親兄弟をはじめ様々な人にも霊線を通じて天国化が図られてゆきます。そういう気持ちで奏上させていただき、一日の感謝を神様へ申し上げてください。

ご参拝後に、御教え『天国的生活』を拝読させていただきます。御教えを拝読する時には、すべて自分に当てはめて拝読してゆくという姿勢が大切です。そうすると例えば、自分がどこまで感謝できるようになっているのか、ということなどが客観視できるようになります。

≪参考資料・御教え≫
『霊界においては大言霊界―すなわち七十五声の言霊が鳴り響いている。これは霊界に充実している無声の声であって、人間の耳には感じないのである。しかし、この大言霊に対して、人間が発する言霊は大いに影響する。もちろん、正なる言霊は霊界の汚濁を軽減させるが、これと反対に、悪の言霊は汚濁を増すのである。これは何故かと言えば、七十五声の言霊の配列の順序によるので、その基礎は善悪如何である。すなわち、善の言霊とは美辞麗句であって、美辞麗句とは一つひとつの単語の綴り方が真善美に適っているからである。これは何よりも人間の耳へも快く響くもので、何故快く響くかというと、人間良心の本源である魂にまで透徹するからである。しかるに、悪の言霊は魂には透徹しないので、それを包んでいる心の範囲にまでしか達しないのである。

ここで今一層徹底しなければならない。ということは、私が常に言うところの副守護神、すなわち動物霊は、心の範囲内に限定して憑依している以上、心の曇りが濃度であるほど副守護神の能力は強化される。これが曲者で、常に良心たる魂の光を遮蔽(しゃへい)しているから悪を好む人間となるのである。ところが悪の言霊は副守護神には快く響くので、これは事実がよく証明している。

良い話を好むのは前述の如く魂に快く響くからであり、悪い言霊を好むのは副守護神が喜んで快く響くのである。例えば、悪人どもが悪事を語り合っているのを、仮に我々が聞くとすれば、堪えられないほどの不快であるに関わらず、悪人は快感を催すのである。

以上の理によって、善い言霊は魂の光が増し、それによって心の曇りが減り、副守護神は畏縮する。畏縮するから悪を好まなくなる。という訳で、人間を苦しめていた副守護神は善言讃詞によって畏縮または離脱することになり、心の曇りも減少するから苦悩から解放されるのである。

右(上記)によってみても、善言讃詞の言霊は、いかに善美きわまるものであるかが判るとともに、善言讃詞を奏上するや、その周囲の霊界は大いに浄まるのである。

特に今ひとつの重要事がる。それは、言霊を発する人間の霊の清濁が大いに関係がある。すなわち魂の清い者ほど言霊の威力は発揮されるのである。それは霊的階級が上位であるからである。(中略)

従って信者たるもの常に魂を磨き、言葉を練り、上魂の人間たることを心掛けねばならないのである。』

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