参考事例①癌・ストレス

浄霊と御教えを一体的として御神業に臨む在り方を確認する事例として、「メシヤ講座・浜松」とブログ「日月地」の内容を参考にしていただきたいと思います。一部引用いたします。

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どこで出た勉強会の話とは言えませんが、ガンが出来てしまった人がいます。その男性はものすごいストレスを抱えています。理不尽なものと戦っていますので、ものすごいストレスを抱えてしまっています。

そのストレスを抱えているという事を、御教えに照らして考えていくと、そのストレスがずっと溜ってくると曇りが発生してしまいます。その曇りが濃度を増すと細菌を作っていって、そして病原菌みたいになっていくという御教えがありますよね。それと今度、現代のガンのメカニズムというものが大体分っています。ガンというのは、本来自分の細胞がガン化したときに、ガンになった時に一番困るのは何かというと、普通の細胞が細胞分裂したときに片方が死ぬようなメカニズムなので調和がとれているのです。細胞分裂をしても片方は死ぬから極端に肥大化していかないのです。しかしガンの場合は細胞分裂しても両方死滅しません。だから肉の塊りになっていくのです。そして塊りになっていくだけではなく、栄養分を横取りしてしまうから、結局そのために他の所に栄養が行かなくなるというのと、塊りが臓器を圧迫していって機能不全を起こすようなことがおきて、命にかかわってくるのです。だから医学的にはそのガンの塊りを取れば良いという事になってくるのだけれども、しかしこのストレスというものがずっとあると、またがん細胞を作り出してくるから、このストレスのない生活にしていかないといけない。その時に家族の協力が必要になるという事になります。

外でストレスを抱えて家に帰ってきても、家で再度ストレスを抱えてしまうと、もうどうしようもありません。ストレスが消えなくなるから。家ではストレスを全部とってあげないといけません。吸収してあげないといけません。で、その吸収してあげるという事をやっていかないと、浄霊でガンはよくなるが、またガンを作ってしまうという事を繰り返しかねません。食生活と精神的な生活というものをみんなでみつめて取り組んでいかないと、ガンを治すということにはつながっていかないということです。これが今回の対談の中で『新しく病気が起らないようにする。』という事のそのための教育という事になるのです。

そうすると今度は家族の中で、そのガンが出来た人に誰がどのように浄霊をしていくか、そして一緒に生活をしている人がどうやってストレスをとってあげるかということが課題になってくるのです。あるいはストレスを抱えさせない。家に帰ってきてグズグズ家族が言っていると、ストレスだらけになっていきます。勤め先でストレスを抱えて、家に帰ってまたストレスというと、みんなで、病気を作っているようなものだから、ストレスを抱えないように、みんなで配慮していくことが肝腎です。

こうした話をすると時として、子供にしてみると、「ロボットのように、お父さんの言いなりで生きていかなくてはいけないのか。」とかいう事になってしまいますが、それもまた勘違いが起きているのです。そういうものではない。ストレスをとるということはそういうことではないのだということも解っていただきたいのです。例えばお父さんの好きなたべものがあるとする。子供がその好きなものをとって食べてしまった時に「お前、俺の好きなものを食べてしまって・・・」といった時に、「じゃあもう僕はこれを食べちゃいけないんだ。」とか思ったら、これはもう間違いになっています。家族というものはそういうやりとりをしながら、「お前、よくも・・・」とか言いながら、ストレスをとっていくのだから、それは食べて良いのです。食べて「お前、何で俺の好きなものを食ったんだ!」とか言って、たわいもない会話をしながら「ごめんね。」と言って謝らせる事によって気分がよくなっていくのです。これが家庭生活の良さだということです。そこで怒らせてはいけないとみんなが腫れ物に触るように扱っていくと、これはまた間違いです。家庭生活というのは非常に難しいようで簡単なわけです。そこで大体は奥さんがおおらかに受け止めて「パパ、そんなことを言っちゃ、駄目よ。当るなら私に当りなさい。」とか言って、上手に扱っていけば病気になっていきません。まあそういう風に病気を作らない、起こさないということについてはそういうことがあるのだと。食べものだけでもない視点での話だと考えてください。今は人間の生活というものは複雑になってきているから、やっぱりストレスを抱え込ませないようにしていくことが大切です。

じゃあ、もう家族を持たないで、一人が良いのではないかとなりますが、これまたひとりでは駄目なのです。一人は寂しいから。帰って「ただいま」と言った時に、夜真っ暗だったら「はーっ」とため息交じりで電気をつけていくということになるから。ひとりでも駄目だし、居るとうるさいし。大勢いるとテレビだけでもね、「俺はこれを見たい。」とか、「これを見せてよ。」 とかいうようなことが、いつもそういういざこざが起きます。しかし、そのことを上手に扱いながら、生活をするということが大事だね。まあその中には諦めなくてはいかんこともあるわね。「お酒を飲むなと言っても飲むし」とかね(笑)。まあそんなことから、今回の御対談の中では、月次祭の前に話したことの回答がこのようにあるので、しっかりこの対談を拝読すると、自分はそういう人と接した時に、どういうふうにあらねばいけないかが大体見えてくるのだというように受け止めていると、我々の生活に密着させることが出来ます。

偉い人たちばかりが対談をしているので、我々の日常生活と離れたような対談だと受け止めてしまうと読んだ価値がなくなります。この中でメシヤ様が説明されている内容を自分に受け止めていくとどうなるかという事を考えて、やっていただきたいと思います。

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『宗教と科学の一致』という観点から、御神業というものは、御教えに基づいて現代科学が解明している人体のメカニズムや自然界の法則的なものを加味して問題解決に臨む必要があります。また、人類の叡智で構築してきた社会機構を活用することも忘れてはなりません。

平成22年3月メシヤ講座より

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