御講和 昭和10年10月11日 御奉斎の有無の違い

次に病気治しについて、観音様を奉斎さしておいて治すのと、そうでなくて治すのとたいへんな違いがあります。本部へ来る人でも、観音様を奉斎しなくてやると長くかかり、奉斎した人は非常に短くてすむ。それが実にはっきりしている。まして医療士の方などがする場合、特にお祭りするとしないとの違いさはたいへんなもので、少なくとも三倍は違う。

風邪とか腹下しくらいはよいが、少し慢性になると、どうしても観音様を祭らせなければいけない。お祭りさすと非常に楽であります。それでこちらも先方も助かるわけであります。というのは、以前話したこともあるが、お母さんは真宗に凝って、とても頑固で観音様をお祭りしない。観音様をお祭りするくらいなら、治してもらわぬと言う。娘の病気は治らなくてもいいかと言えば、治らないなら娘一人くらい犠牲にしてもいいというふうで、その娘は掌の指が曲がっていて、合わすとピタリと合わなくなっている。また、座ると足が曲がらない。阿弥陀さんは外国の仏様で、日本人が拝むべきではない。

その娘はここへ来て治療すると、踵が三分か五分くらいつくようになる。それが翌日来るとズーと離れている。また、短縮して家へ帰るとまた戻るのです。阿弥陀さんは夜の仏様ゆえ、それをお祭りすると家が暗くなる。いくら光で治してもまた暗い所へ行くから戻る。

それでこの間は、観音様をお祭りしなかったらしようがない。どうしてもお祭りしなければ、その病気は駄目だと言ったんで、それっきり来なくなったんであります。

【ご講和篇1 P138】

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