文明の創造『善悪発生とキリスト教』

(代表先生)
いよいよキリスト教の項目に入ってきまして、本日は『善悪発生とキリスト教』という項目の御論文を拝読させていただきました。この御論文を拝読した時に、仏教で学んだ内容というのは三千年の歴史をだいたい把握したところなのですけれども、本日拝読したところは、数十万年あるいはもっと言えば恐竜が生息していたところまで触れているわけですから、何千万年前の歴史にメシヤ様は触れられて、そして、ここではですね、とりわけメシヤ様は『文化形態』ということを2回ほど取り上げております。

この『文化形態』ということはですね、『「祈りの栞」に寄せて』の「宗教について」というところで、『文化形態』に触れたわけであります。日本の場合は教育課程において宗教の果たしてきた役割というのは・・・。十分日本人が理解していないために、宗教というと宗教団体として捉えてしまい、非常に嫌悪感を持ってしまう方々が、とりわけ戦争を経験した方々には非常に大きいものがあります。この宗教観というのをもう一度持ち直さないといけないために、メシヤ様は『文化形態』ということをここで取り上げて下さっているわけであります。この『文化形態』ということを『「祈りの栞」に寄せて』に基づいて少し整理しておいていただけると、メシヤ様の御論文がいかに高く深く、しかも広いですね、そういう視野にお立ちになられて私達に教えを説いて下さっているということが、より一層分かるのではないかなと思います。

元々宗教とは一体何かというと、古代では、宗教というのは・・・人間生活そのものが宗教であったわけですね。とりわけ縄文時代ぐらいまでは・・・江戸時代までもそうなのですけれども、この辺りで一番分かりやすいのは平城京をみていくと分かり易いのですけれども、平城京はその出仕する人達が、日の出と共に出仕して、それから日が落ちると同時に家に帰っておかないといけないので、その当時街灯とかそういうものがないために日の出から日没まで、いわば仕事のできる時間でありました。それで、出仕者達はその範囲内でその周辺に住んでいたという、そういう町全体の姿をみると、遡って行けば太古の昔は集落があった場合は、集落から海に漁に出るにしても山に猟に行くにしても、明るい内に帰って来なければ、もうこれは死を意味するわけです。どうしても明るい内に帰って来られない場合は火を燃やして目印を灯して、それに向かって漁を終えた人達が帰って来る、と。

そういうことを中心に集落を作っておりましたけれど、その中にはたまにはそういう時間的なことを守らない人達がいた場合には猛獣毒蛇にやられてしまう、そして死人が出たりする。その死人が出そうな時には・・・、例えば猛獣毒蛇にやられている時には早急に治療しないといけないのですけれども、毒にやられている一人を救うよりも、集落300人住んでいるとすれば299人を守っていかないといけないので、一人を救う前に299人を集めて、「この者は決められた時刻に帰ってこなかったので猛獣毒蛇にやられたのだ」と、「だからみんなはそのことをこれから一層守っていかなければ命の危機に遭遇する、だから守るように」ということを懇々と教えて、全員が「分かりました、これからより一層その時間を守っていきます」と約束した時に、初めてその一人の毒蛇にやられた人間の救いにかかっていくわけです。これがその集落の中心者と、そのことを教え伝える教えの中心者が一体となって、その集落を守っていった訳ですね。

このことが、メシヤ様が『文化形態』とおっしゃったところから現代まで進んで来ると、中心者が政治家、政治ということになってきますね。それから絶対時間を守るようにとか、あるいはこの土地のここから奥に行ってはいけないということを守らせるのが、現在ではいわば警察の役割になってきているわけですね。しかし、その運営自体は政治ということで、現在の文化の中では発展してきているのです。そういう繋がりをメシヤ様はしっかり見つめておくようにということで今回の御論文の中では『文化形態』ということをここに示されているわけですので、メシヤ様の教えられている内容というのは実はもの凄い歴史の長さと、それから人類全体が培ってきた『文化形態』というのを見据えた上で、私達に教えを説いて下さっている、ということを、この機会にしっかり理解しておいていただきたいと思います。

ヨコのキリスト教文化と思想

代表先生
さて、その上で今回は様々な言葉をメシヤ様は述べられておりますけれども、まず『霊主体従の法則』も、通常私達が日常考えている『霊主体従の法則』と共に、いわば経の仏教が霊の世界を担って、キリスト教が体の世界を担ってきたので、これが『霊主体従の法則』ということに当てはめていくことができるし・・・、霊が善であり、体が悪であるというふうに書かれてありますので、悪の部分を担う役割という点では、キリスト教の学習形態がそういうものを作り上げた、と。しかし、一方では悪に全部なっていくと白人が『魔の世界』に陥るので、キリスト教を創唱して愛というものを中心に・・・隣人愛とか人類愛というものを中心にして白人を滅びないような、そういう布石も打ってきた、と。そういった非常に広い見地からの宗教の見方で見ていって、それがですね、メシヤ様は一言で

 『キリスト教の発生の根本義が分かったであろう』

という御言葉でまとめられております。そうしたふうにみておいていただきたいと思います。

平成27年7月メシヤ講座より

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