武力と漢字の流入時期

受講者

先ほどの本の中で、「何時頃から戦争というものが起り始めたのでしょうか。漢字というものと深く関わりがある」とありますが、もう少し詳しく教えて下さい。

楳木代表

今から3000年前に朝鮮半島から素戔嗚尊(すさのおのみこと)が、中国から瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が合流して山口県の萩から上陸して、武力をもって、当時伊都能売(いづのめ)神皇様の皇位を狙って入ってきて、その当時日本は武器を一切持っていなかったので、毎日何人レベルか分かりませんが、日本人の命を、皇位を譲るまで殺し続けるというような形で脅して来たので、伊都能売(いづのめ)神皇様は急きょ皇位を弟君の天照天皇にお譲りになって、インドにお降りになった訳ですよね。その時には朝鮮語で入ってきた訳なのですが、治世が乱れた為に、約2600年前に宮崎県の高千穂に潜んでいた瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の子孫が一挙に東征に出て行って、日本を治めて、初代の天皇となったのが、神武天皇です。その神武天皇になった時に日本語の古代の文字を全て漢字とひらがな、カタカナに作り変えて行った訳です。ですから、武力によって制圧して、その文化を全部消して、漢字とひらがなをそこに応用していった、と。で、元々の文字は秀真伝(ホツマツタエ)。鳥居礼という方をご存知ですか。

受講者

本を出されていますよね。

楳木代表

3000年前は、その秀真伝(ホツマツタヱ)の中にある文字が日本の文字だ、と。それとその頃は薬毒がないので、ひとつの文字で、その一文字に込められた意味を受け取ることができたので、あの文字で日本人は全部通じていたのです。それと通じる前にほぼ、あれは記録として残すための文字であったので・・・。庶民は生まれた時から、死ぬまでの記録を一切忘れることなく、持ち続けていたので、文字は本来必要ではなかった時代なのですね、薬毒がない時は。しかし、『夜の時代』を迎える為には、薬毒を入れて記憶力をなくして、体力を無くすという事によって、科学的な、物質的な文明を発展させるという、主神様の御意図がありましたので、その時に記憶力もなくなるので、漢字を使うのと、漢字を応用したひらがな、カタカナ。例えば、安という字は「あ」となり、以上の以が「い」となり、宇が「う」となり、衣が「え」となり、於が「お」になったと。そういう風に漢字をホツマツタヱの表に全部当てはめて行ってひらがなを作っていったのと、それでカタカナを作っていった訳です。だから、朝鮮半島と中国から最初武力で入ってきて、そして、神武天皇は中国系の人間なのでその漢字を日本の文字に当てはめて行った、と。それが武力と漢字の流入した時期が一緒だという意味です。

そして、このホツマツタヱが解らないと実は言霊の意味が分からない。言霊の意味が一番分かり易いのは、「あ」というのは「⦿」、これは御神体の御文字ですね。「い」は「⩀」これは洞窟を現わすので、洞窟というのは洞窟の内と外とで温度差があるから、風が起きるので、これは風の意味があります。「う」は「△に・」これは炎を現わす。「え」は「己に・」を打つ。これは川が蛇行するという意味なので、水を現わす。水の働きとか水の流れを現わしていく。「お」は「口に・」これは土地を現わす。そうすると、「あいうえお」の意味はこれらの意味が母音にはあるのだと。それから、「あかさたなはまやらわ」というのは「か」というのは「ⵀ」丸を書いて真半分に割るという事なので、左右が同じ面積で割っていかないといけないということなので、几帳面さが出て来る。だから、メシヤ様は『か行が名前に付いた人は几帳面な人間になる』という風に御解説になったのは「か」というのは「ⵀ」。「た」というのは「○にY」集まるというこういう記号が加わるので、集合するという意味あるのだという事を鳥居礼という人が書いた本はそこまで細かく解説してないので、宮地という人が書いた本はもっとそういうのを細かく具体的に説明してくれています。まあ、鳥居礼さんのああいう体系化した本をまずはダーと読んでおいて、その後に宮地正典さんの書いた本が非常に分かり易いので、その記号の意味というのを、そこで受けとめて、宮地さんというのは多分、物理学者だったね?だから、その記号を読み解いていっている。この近くで、三重県のあの人が更に、市役所の職員さんで、研究している人がいる。

支部長代理

伊勢の池田満さん。

楳木代表

池田満さんはネット上で随分出しているし、本も出版していますので、三重という所はこういう事を研究する点においては、非常に良い場所でもあります。そういう事も研究すると、古代の素晴らしい霊性を持っていた、薬毒のない時にはそういう素晴らしい日本人であったこと。それから、文字というのは皇室が記録の為に有していただけなのだということ。そして、その一つひとつの文字で、霊性の高さによって、その文字の意味を瞬時に把握していたので、記録する必要がなかった。しかし、武力が入ってきて物質文明を発展させるために薬毒が入ったので、瞬時に理解することができない人間にドンドンなっていったので、文字の量の多さが必要になってきたのだと解釈してみて頂けると良いのではないかと思います。そういうことの根本的なことを教えて下さったのがメシヤ様なので、そのメシヤ様の御教えに基いてそういう研究書を少しずつ紐解いていくと、この歴史全体の理解が深まって来るのではないかと思います。大体よろしいでしょうか?

受講者

はい。

平成28年5月メシヤ講座旧三重支部より

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